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ぬぅ・・。 

どーも(=゚ω゚)ノ

なんか、あれですね。

休業中ですがフレのブログを見て回ってると

無性にFFやりたくなってしまう(ノ∀`)

まぁ、そこはグッとこらえて日々精進ですよ。

今すごい久しぶりに仕事に対するモチベが上がってます。

ってやるぜぇ~!!・・って感じ(; д ) ゜  ゜

で、前置きはこのへんでやめておいて。

今回の戯言いってみますか(´ω`)ノ
















えー、知ってる人は知ってますが、
策師の趣味の一つに【読書】があります。

で、FF休業しているので、テレビ見たりオフゲやったりしてますが
毎日それだと何だかあれなので、昔読んだ本を再読するってのを
最近やってるんですね。

ここ数日は、
フシノミチル(漢字が出てこない・・)の
【鬼籍通覧】シリーズを読み返しています。

内容をごく簡略して言うと、

『法医学教室のX-FILE』です(´ω`)

現役の法医学者が著者なので遺体の解剖シーンとかは
すっげぇリアルですよw
物語も面白いし、人物の会話のテンポも良いので
ぜひ一度読んでみてくだされ(´・ω・`)



それで、だ。



まー、その本を読んでいてですね、思ったんですよ。

人でも動物でも、命がある物ってのは、いずれ死にます。
それは絶対に絶対です。no one lives forever です。

んで、誰かが死ぬとやっぱり悲しいじゃないですか。
家族はもちろん、友人、知人、恋人、ペットetc。
自分と関わりを持つモノが死んでしまう。
物言わぬモノとなってしまう。
ちょっとリアルに想像すると気分が鬱になるんですが(;´Д`)

まぁ、生き物にはいつか必ず終わりがやって来ます。

では、『死』という事象が発生した時に消費されるエネルギーって
いったいどの程度のものなのでしょうか。

自分ひとりが悲しい思いをする・・っていうのなら
まだ消費エネルギーの総量ってのは分からなくもないのですが
関わりのある全員を、悲しい、辛い、っていう
感情に叩き落すほどのエネルギー。

どれほどのものなのか、ちょっと想像できません(´ω`)

いや、別に死にたいとか、誰かを殺したいとか、
そういう物騒な考えは持っていないのです。

ただ、むかーし、

『自分が死んだらどれくらいの人間が
 自分のために泣いてくれるだろうか?』

・・ってことを考えたことがありまして。
えぇ、学生のころです。ぴちぴちの10代のころですよw

で、数えてみたんですよ。いやぁ、我ながらおバカです。

そうしたら、異常に少ない。

家族、親戚、友達。
それらを合わせても30人くらいだったんですよ。当時。

たったの30人しか泣いてくれない、っていうシミュレート結果に
一人で凹んでたのを覚えています。うん、バカですね(ノ∀`)

生れ落ちて、それなりに人生を楽しんで歩いて。
やがて来る終わりに向かって進んでいる。
いつか最期を迎えたときに、涙を流す人が一人もいない。

これ、すっげぇ怖いですよね。悲しいですよね。

ちょっと話がそれるけど、

自殺者の心理状態を解明できたらノーベル賞もらえる、
・・って話を昔聞いたことがあります。

自ら命を絶つ人って、いったい何を思ってるんでしょうね。
解放感を感じているのか、
それとも一刻も早く終わりたいって思っているのか。

でも、間違いなく、

自分の死で誰かが悲しむなんてこと、考えてないんでしょうね。

そんなことを考える余裕すら無くなってるんでしょうね。

逆に言えば、それを気づかせてくれる誰かがいなかったってこと。

無明の闇を抜け出すための一条の光が見えなかったってことですな。

やるせねぇよなぁ・・・。














あー、なんか説教くさくなってしまった。
これだから『若年寄』なんて言われちまうんだよなぁ・・orz



ま、所詮は戯言ですがね。






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コメント

悲しみって、その人の心の中で、失った人がどのくらい生きているかだと思う。
  • [2007/02/13]
  • URL |
  • 通りすがりの名無し
  • [ 編集 ]

はい、こんばんわ
また明日朝8時から翌朝10時までの
夜勤という夜勤なのか日勤なのか
過剰労働なのかわからない日が
でけぇ口あけて待ち構えております今日このごろ。

さて、使途が死ぬ瞬間のエネルギーに関してはエヴァンゲリオンを読み直すといいと思われます。

余談ですが、人が死ぬときのエネルギーは
私は限りなく0に近い数値と考えております。心理カウンセリングに携わろうとしているばか者のセリフとしては大変申し訳ないですが、人間の心は脳内のニューロンとシナプス間を移動する電気信号に他なりません。そして他人に与える電気信号の総量は人間の数や、その人との関係性に比例すると思われます。とある映画では人間に幻想をみせ、走る電流を軸とした電池に使っていましたが。


人は確かに死にたくないと思うわけですが、人の死はその人お終わりだとは思いません。そして私は輪廻転生とかばかげた話も出すつもりはありません。
人間は限られた寿命がありながら、永遠に生きる方法を知らずと持っています。
それが生殖です。
自分の遺伝子を優秀な相手と配合し、より優秀な遺伝子として新たに誕生させ、遺伝子LVで無限に行き続けます。
現在は、遺伝子として残す以外でも、小説家は活字として、経営者などは後世にのこる会社などを残して、自分の考えや思いを永遠は言いすぎでしょうが残す方法を見つけ出しました。
これが今問題となっているあれにもつながりますね。
かつて女性は社会進出という方法がなく、自分が永遠に生きながらえる方法としては生殖しかありませんでした。子供を多く作っていたのは政策ありきの話では収まりません。現在の社会進出による女性の立場がそうさせているのではないかと思っています。
私は女性の社会進出も少子化も賛成論者なので、突っ込みたい方はそちらからお願いします。

自殺者の心理状況は簡単です。
死ぬ以外に、現在首が回らないほど周囲に固められた小さな問題の集合体から逃れる方法が見えていないんです。
だからもう
「しぬしかない。もうこんな世界には未練はないよ」
ということです。仕事でホームレスに声をかけたりして話きいたりしますが。彼らはなんで生きているか。なぜ路上にでてもそれでも生を望むか。
答えを持っているからです。
答えが、鬱だったり、考えすぎたりで
みつからなくなり、周囲から孤立し
その人にとっての支えや、応援がなくなったとき
人は死にます。
無人島に一人で生きていて、しかも悩みに悩みながら生きていたら、あなたはそれでも生きる理由を見つけてあげることができるか。
それが自殺を考えている人を助ける方法ではないでしょうか。目を向けることからスタートです。

ま、所詮は戯言ですがね。
  • [2007/02/11]
  • URL |
  • おずうぇww
  • [ 編集 ]

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